中国人向け春節挨拶文例 |
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中国では春節をお正月と見なしています。そのため、普段遠く離れて暮らしている子供たちとその家族が両親のもとに戻って一家団欒のひと時を過ごします。 長い歴史から来た最重要な節目として中国人の皆さんが盛大に祝っています。 一昔前は春節に関する礼儀、 作法などは大変な事でしたが近年は簡素化され、重要な部分だけ残っています。 各民族、地方によって礼儀、作法は違いますが共通な部分も多いにあります。
この時期(大晦日)、子供と未婚者(特に彼女)が 一番楽しみにしているのは、「紅包、圧歳銭」と呼ばれるお年玉です。:-)春節は旧暦の1月1日から三日間のみですが3日を過ぎてもいきなり普通に戻る訳ではありません。 一般的に言えば1月15日まで春節気分です。 15日を過ぎたら皆 普通の生活に戻り、一年がまた始まります。
大掃除は28日で終わります。 後の二日は料理の準備です。 何故ならば、春節の間は鉄に触れないからです。 鍋、 包丁などは一切触らないのが習わしで、親からの言い伝えです。 大晦日は中国では除夕と言います。 この日は皆さん自分の家に居るのが普通で、他人の家などには行きません。 また、この日はお年玉を渡され、 新しい服、靴、 お正月のおやつを貰い、子供たちにとって一番うれしい日でもあります。 1月1日から3日まで自分の血縁的に近い家族のところに出かけ、祝福の言葉を交わし、 食事をします。 3日以後は友達、 同僚、上司の家で同じことをします。
春節の挨拶は大変重要なことです。 近年、 日本、中国間の交流は年々深まってきました。 仕事関係、 個人的など、 理由はいろいろあります。 弊社は楽々smsを通じて皆様に日本、中国間の交流ツールをご提供しています。
今般、ユーザの皆様からの要望もあって、簡単な春節挨拶文例集の作成を試みました。尚、本文例集の作成にあたり有志の方に一方ならぬご協力を賜りました。この場を借り厚く御礼申し上げます。
☆春節あいさつ文例☆
1.一般的な挨拶(新年が明けた後)
| 日本語 |
中国語 |
| 明けましておめでとうございます。 |
給祢拝年! 或いは 拝年! |
| 明けましておめでとうございます(対家族) |
給祢們全家拝年! |
2.祝福の言葉
| 日本語 |
中国語 |
| 新春をめでたくお祝い申し上げます! |
祝祢(們)春節快楽! |
| 新春のお慶びとご家族皆様のご多幸をお祈りします! |
祝祢(們)春節快楽!全家幸福! |
| 新春を祝し 益々良い年でありますようお祈りします! |
祝祢(們)春節快楽、一年比一年好! |
| 新春のお祝いと万事うまくいきますようお祈りします! |
祝祢(們)春節快楽、万事如意! |
注)
祝福の言葉はいろいろ、個人個人によって違います。 下記を参考にそれぞれ個性的な言葉を作ってください。
祝祢(們)春節快楽、
・身体健康、万事如意!(健康で 万事うまくいきますように)
・衷心祝願祢全家平安!(ご一家皆々様のご平安を心よりお祈り申し上げます)
・衷心祝願祢全家健康幸福!(ご家族皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます)
・全家各位健康、府上発財!(ご家族皆様のご健康と貴家のご発展をお祈り申し上げます)
・在這个新年里、願祢梦想和希望能gou実現!(この新年、あなたの夢と希望が叶いますように)
3.統合型文例(一般的な挨拶 + 祝福の言葉):
注)組み合わせは任意ですが、 拝年を必ず先に置きます。
文例1)給祢(們全家)拝年、 祝祢(們)春節快楽、 全家幸福!
文例2)給祢(們全家)拝年、 祝祢(們)春節快楽、 一年比一年好!
文例3)給祢(們全家)拝年、 祝祢(們)春節快楽、 万事如意!
文例4)新年好! 祝祢(們)春節快楽、 万事如意!
文例5)新年好! 祝祢(們)春節快楽、 一年比一年好!
注)()内は対家族向けで、祢⇒祢們全家、祢⇒祢們とする。
4.応用型文例:
定型挨拶文の中の最後の熟語(四字熟語など)にはその個人(家族)に対し「歩歩高昇!」、
「早日添丁発甲!」などの特別な言葉を述べましょう。定型ではない、希望、願望を述べる言葉であれば、心がこもっていると感じられます。
文例1)昨年、相手方に転職、栄転があった場合:給祢拝年、祝祢春節快楽、歩歩高昇!
文例2)相手が昨年結婚し、子供がまだの場合:給祢拝年、祝祢春節快楽、早日添丁発甲!
5.祝福の答礼・返事の文例
簡単方式: 上記の祝福文をそのまま運用すればOKですがよそよそしいと感じられますのでちょっと工夫しましょう。
受けた祝福文: 給祢拝年、 祝祢春節快楽、 一年比一年好!
返すお礼文: 同慶(或いは 同喜)! 也給祢拝年、 祝祢春節快楽、 一年比一年好!
注)祝福文に受けた人に対する特別な言葉がある場合、そのまま返せないので別の言葉を選びましょう!
『by 楽々ボーイ』
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日本、中国の文化の溝 ―― その1
“すみません”を言わない中国人
“すみません”を聞きなれた日本人
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「すみません」を直訳すれば中国語では「対不起、請原諒」となります。その中国語の意味は「我らに過ちがあった。赦して下さい。」となり、謝罪の意味も含んで大変重い言葉です。それを聞いた相手は罰を下しても良く、公然とした理屈として世間は認めることになります。罰を受ける恐れがあるから、幼い頃から、父母や周りの人から、軽々しく「すみません」を口にするのは馬鹿である。と、教えられます。50年以上に遡らなくても、近代の中国歴史を見れば中国人の内部の闘争に“すみません”を言わなかった人は男らしいと称賛され、原則を貫いた人として尊敬された。 言うまでもなく“すみません”を平気で口にする人は“骨のない奴”、“人に媚びる奴”とされ、肩身の狭い思いをします。
その一方、 日本では「すみません」を口にすることは日常茶飯事です。 一日、「すみません」を言わない日はないかもしれない。商売のはじめは「すみません」からと力説する人が多くいらっしゃるくらいである。小さいことから、日常の挨拶まで“すみません”が溢れている。この場面、あの場面、聞こえてこないと違和感を覚えるという方々も多いに居ます。
私は、20年近く日本で生活したおかげで、“すみません”はもう身に付きました。 口から意識せずに「すみません」が滑りでてきます。そのおかげで、頭を下げ、穏便で円滑なビジネス生活を日本で送っています。 しかし、慣れるまでは大変でした。
近年、中国の発展のともに中国に進出する日本企業も多く、また、新聞やニュースでは、中国に関する良し悪し記事も多くなりました。 よく耳にするコメントは“すみません”を言わない中国人だ! 喧嘩腰だ! なぜ「すみません」を言わないだろうと自問自答の議論も盛んです。中国は、気持ちの良くないビジネス環境、人間関係だと評論する人もいました。 嗚呼!
日本人曰く、「中国人は理屈っぽい人だ。」
全員ではないかもしれないが、 サザエさんのお母さん(オフネさん)見たいな人は稀でしょう。良し悪しは別として、それが中国人だ。文化、習慣を変えるのが少なくとも何十年、何百年掛かるでしょう。
となると、この中国に対してどう対応するかが議題になってきます。
ここで1つ、中国文化を理解し、 中国の“郷に入り、郷に従え”も一つ方法です。すなわち「すみません」を言わない中国人の対処法を学ぶ。行間(すみません)を読む。微妙な言い回しのニュアンスを掴む。 幾つかの表現でその行間(すみません)を読み取る。
1:喧嘩腰でない。公然で反論するか否かその気持ちを掴む。
2:腰が低くなる。かなり反省している。その行動は話題を変えようとするか食事を誘ってくるかで表現するはずです。
3:時間を置いてから、先にメールとか連絡がくる。
4:別の提案をしてくる。
他にもいろいろな表現、行動で中国人は中国人なりの「すみません」の気持ちを伝えてきます。
日本人が中国でビジネス商談、事業の展開をするビジネス活動の上では自分から「すみません」を結論として言わないほうが良い。 あくまでも結論として“対不起、請原諒”を言ってしまいましたら、それなりの覚悟が必要です。 それは私の持論です。 一つ方法としては: そういう結果になった、 どうしましょう。 そういう風に問いかけたらどうですか? すみません、ではどうしましょうかではなく。 あれこれの理由で残念な結果になったがどうしましょう?という問いかけ方が有効です。 日本とは習慣、文化の違う国の一つである中国とどう向き合うか? 習慣、文化の理解が大事です。 活動の場が日本に移った場合は中国人が日本の文化を勉強し、その逆の場合は現地の風習を見習い、適切に対処するのが重要だと思います。 ただ怒っても、腹を立っても問題の解決にはなりません。
『by 楽々ボーイ』 |
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| 中国の聖バレンタインデー、情人節 |
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本来、聖バレンタインデーは中国の祭としてはありません。近年、中国でも商業化が進み、販売促進のために各デパートなどが聖バレンタインデーを祝うようになりました。 当然ながら、西洋文化が好な青年たちにとっては、お互いに愛慕心を表現するため都合のよい祭日となりました。
古来、中国にも中国らしい祭日があります。それが旧暦の7月7日です。聖バレンタインデーの英文説明にもそれが明記されております。旧暦の7月7日は一年に一度、牛朗(男)と織女(女)が鳥でできた橋で天河(銀河)を渡り一年ぶりの再会を果たす日です。愛し合っている牛朗と織女が天帝に怒られて、銀河の両側に住まわせられてしまい、一年一度しか会う機会を与えられていなかった日なのです。その日にもし雨が降ってきたら、それは彼ら二人の悲しい涙と言う言い伝えがありました。私は、幼い頃、その伝説に感動してやまなかった。何時の間にか、その伝説がバレンタインデーにすり替えられ、近代化が進み、何か寂しい限り。それも年のせいかな?
聖バレンタインデーの祝い方ですが、中国と日本は少し違います。女性が、好きな男性にチョコレートを渡す習慣はありません。当然義理チョコも。GreetingCardを送るのが一般的ですが、最近ではeメールを送るようになりました。そのメールサービスも、多くのポータルサイトが提供しています。様々なカードが用意されていて、気に入ったカードを見つけ、相手に送るというのが今では一番選択されています。
ただし、40過ぎの方には送らなくてもよいと思います。 その習慣を身につけていませんので。聖バレンタインデーはやっぱり若者の祭日です。 少なくても今現在の中国では。 逆に年配の方ならば「情人節カード」を送ると、それはお洒落かもしれません。
カードに書くお祝いの言葉は決まり文句がありません。好きなようにお祝いの言葉を言えば良いですが、おめでたいことを言ってください。無難な言い方は 「祝祢情人節愉快!」くらいかな?!特徴がないですね。食事をお誘いするのも一つの手かもしれません。きっと喜こんでもらえますよ!
『by 楽々ボーイ』 |
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日本、中国の文化の溝 ―― その2
“できます”の中国人のマインド |
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私は日本に生まれ日本に育ち、ITの開発関連のことを5年前までは、
日本でずっとやってきました。その後、中国にモノを作ってもらう流れができ始め、
私の関連会社も世に習い中国や韓国でソフトウェア等を作ってもらうことになりました。
モノを作ってもらうときには、当然打ち合わせをします。
仕様などモノを作るのに必要な情報を全て開示して説明するのですが、
全部説明する前に、
「大丈夫、できます」と言われてしまいます。
まだ、何も説明しない時でも「大丈夫、できます」と言われます。
こっちとしてみれば、まだ何も言っていないのなぜ「できます」というのだろうか?
と、疑問を持ってしまうことが多々ありました。
日本では、「できます」と言う場合は、よっぽどのことがない限り、できないことは
ないのですが。。。。とりあえず、仕様も全て渡してあるから、多少の不安はあるけど、仕事をお願いしました。ところが、途中経過を聞いてみると、遅れているどころか、理解もしていませんでした。その時は、なんていい加減なことを言うのだろうかと憤慨していました。
どの業者と話しても、いつも同じことを繰り返すので、その内作業を一緒にやるようになりました。一緒にやれば、飯も一緒に食えば、酒も飲む。確かに言葉はわからないけど、通訳を通じてでも心が通じてきてやっとわかりました!!
彼らの「できます」は、
1.相手に積極的な態度を見せて、頑張ることができます。
私はあなたの為に頑張ります。
2.できないというのは、努力もしていないのに言うべき言葉ではない。相手をがっかりさせるし、自分 は能力がありませんと言っているのと同じ。
と言う意味で使っていることがわかりました。決して相手をだますつもりもありません。
それ以降は、「仕様通りに何時までに完成させることがコミットできるか?」
と聞き返すことにしました。
面白いことに、「できます」と聞いた後に、「コミットできる?」と質問をすると、「できません」と返ってくることがあります。
同じ言葉でも、マインドが違えば、使い方によっては大きなトラブルになります。
こんなことが、海外と仕事をするのは「難しい」と思わせているのではないでしょうか?
今となっては、当時のこの出来事は笑い話ですが、これからも文化の違いから誤解はでるのでしょうね。でも相手も心がわかった時や自分の心が相手に伝わった時は嬉しいものです。
『by 楽々おやじ』 |
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日本、中国の文化の溝 ―― その3
マナーの悪い中国人 |
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一昔、中国は自称"礼儀之邦"でした。何千年の歴史−誇らしい。なぜ、今になってマナーの悪いイメージを世に植え付けてしまったのでしょう。
確かに中国の礼儀作法は中国に留まらず、東アジアの国々に伝わりました。それを模倣され、尊敬されました。あの礼儀作法は複雑を極め、現代人はどうすればよいかが分らないくらいでした。謙遜も人の美徳、孔子から今まで広範囲に東アジア人を影響し続けてきました。
その特徴を欧米人に利用され、その謙遜的な態度、いまだに無能なアジア人と誤解され、軽視されました。
コンプレックスの原因の一つとも言われます。なぜならば、謙遜はアングロサクソン文明には美徳とは看做されないためです。
毛沢東が無産階級(財産のない人々)の支えで国家権力を握りました。彼は自由人でした。
礼儀作法から解放され、無産階級のルールは中国で支配的なルールとなりました。「礼儀は虚偽である。笑顔の裏には陰険が潜んでいる。」文化大革命の時期はそれが頂点に達しました。人間はスローガンの下で暮らす。スローガンがなければどうするかが分らなくなりました。
今の北朝鮮はその時の中国となんの変りもありません。礼儀が闘争に代り、スローガンが挨拶の代りの時代です。今となっては恐ろしいと思います。時代が80年代となって、トウ小平が毛沢東に代わって時代が変りかけました。その時、当然のスローガンがまた多く存在していました。たった1枚の写真で世界の中国人の心が打たれました。天安門広場での大会で、北京大学の学生さんたちがスローガンの代りに掲げた小さいバナーにこう書いていました"小平、祢好!"。
日本語で言えば"小平さん、こんにちは!"でした。この写真が中国の歴史の1ページとなりました。このバナーで中国が普通に戻ったと、我々海外に生活している中国人は感じ取れました。このごくごく普通の言葉を中国人が言えるようになったのは40年ぶりでした。
10億人の中国人(当時)、40年間普通の挨拶もできない。感情も普通に表せない。あの瞬間、あの感動、何とも言えないでした。
涙を流しながら見ていました。中国人としての誇りが戻ってきたというか、人類の一員として地球に存続する資格を得たという感じでした。感無量!
本題から離れすぎた。その歴史の背景によって礼儀作法は完全に崩壊しました。今現在40−60歳の人々は礼儀作法の教育を受けたことは皆無でした。そして、その人々の子供は今の中国青年、その若者にどう教育するかも分りません。過言かも知れませんが、礼儀の良し悪しすら判別が付かない人が大半を占めています。
やはり40年の空白は、人類にとって歴史の絶滅に等しいと思います。
中国に行った日本人には皆が同じ思いがあったと思います。"中国人のマナーが悪い"。実はそれを中国政府も気がつきました。
政府広報からもマナーについては宣伝もしていますが、マナーに関して書籍すら存在しません。なぜならば書ける人がいないからです。
それが悲しい現状です。
私は以前、こういう商売をしたいと思ったことがあります。
航空会社の新人教育の本を持って中国でマナー、礼儀学校を設立してサービス業の人材教育に尽力する。しかし、資金がなかったため、発想に終わりました。
一つ奇妙な現象があります。普段、中国人は時間の余裕もあっり、無駄な時間を雑談に費やしているにもかかわらず、ただ列に並ぶ時にだけは、時間の概念が逆さまで、つまり、早くことを済ませたいと、割り込みをしたくなります。
もう一つは赤信号を無視して渡ろうとします。レジの列もそうです。電車の乗り降りもそう。
列のあるところ中国人はごく自然に割り込みをしたくなります。
特に嫌なのは銀行の窓口でさえも左右に人が群がり、同時に二つも三つもの手が小さい窓口に差し込まれて、1秒でも良いから早いものが勝ち。と。
自分自身の経験談になりますが、一度、上海地下鉄の切符を買おうとしたとき、周りには私を含めて3人しか居ませんでした。
小さい窓口に3つの手が同時に差し込まれて、先に買ったのは私でした。ところが、私の手が引き出せなくなりました。切符を堅く握りながら、ようやく出した手には血が流れていました。災難でした。たった3人なのだから、順番に並べばなんの問題もなかったはずです。
「無意識かもしれない。悪気もない。」それが習慣です。
なぜそんな習慣を身に付けたの?毛澤東時代は物不足が常でした。列はどこでもありました。
列車の切符を買うため、割り込まないと買えません。ずっと大人しく待つならば永遠に買えませんでした。コネがあったらはなしは別ですが、なければ頭を働かせてどう割り込むかを考えよう。列に割り込まないと食物も買えないから死活問題でした。
何十年も経つと無意識の内に体が動くように悪い習慣の出来上がり。それも親から子へと引き継がれました。条件反射で体がそう動く。誰のせいかな?
中国の買い物客、沢山買い物しても、どうしても成金のイメージを拭えない。なぜか。一つはマナー、もう一つは服装です。
スーツにラベルを付けながら街を闊歩しているのは、ほぼ間違いなく中国人と断定できます。ネクタイをしながらスニーカに白い靴下、其の装いは中国人しかいない。
25年前はスーツなんかなかった中国でした。あのラベルがなぜ袖に付いているかが分らないでしょう。
百貨店でそれを売っているから当然なようにそのまま着るでしょう。それが発想です。もちろんTPOはもってのほか。歴史が物語っています。
マナーの教育、服装の教育ともに歴史的背景があり、経済だけが豊かになってもいきなりは紳士にはならず。その差は、アメリカと欧州の差か?日本とアメリカの差は測定不能。ただ、悪いマナーに対して世間は許さない。それだけは中国人が自覚を持ってほしい。
半世紀に渡って破壊された礼儀、装いも何十年かけて再樹立するかを試す時期ではなかろうか。
『by楽々ボーイ』
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| 中国のバブル経済が弾けますか? |
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近年、 中国では不動産の価格の急騰、株価の右肩上がりを理由に中国経済のバブル説が飛び交っています。
FRB前議長のグリンスパンさん曰く、"中国経済はバブルそのものだ"。皆さんも一理あると思われるのではないでしょうか。
ただ、このバブルが弾けますか? 何時弾けますか?と質問を変えると意見が分かれてきます。
まずは経済バブルの定義から考えてみます。
オランダのチュリプの事例がバブルの教科書的な例です。 経済のバブルは経済全体のバブルと意味します。不動産バブル、株バブルと違って経済活動全体を指します。 個々の産業のバブルと経済のバブルは大きく違います。
個々の産業のバブルは随時発生しています。規模が違うだけです。異常な価格急騰、高止まりがバブルの現象だと言えば、今の中国では造船バブル、太陽電池バブルも現に発生しています。当然ながら土地、株もそうです。
不動産、土地の価格急騰は広い中国の中では限られた場所にしか発生しません。特に大都市、観光地などにその現象は見受けられます。
中国経済全体がバブル化していますか?私はそうは思いません。ですから今しばらく弾けることもないのです。理由は幾つがあります。
(1)国民全体の生活の豊かさからみればバブルが発生する条件には至ってない。
経済バブルの発生は、衣食住の要求が満たされた土壌ができてから、というのが必要条件です。
中国ではお金持ちの人々もいますが、全人口の7割以上の人々はこれまで通り普通に生活しています。この人たちはまず衣食住の問題を抱えています。
彼らはこれから裕福な生活するために頑張っています。本業以外に内職もするし、友たちと金を出し合って投資もします。経済のあらゆる範囲まで貪欲に活動します。
その意欲が盛り沢山あって生活以外の投資活動をやっています。この人たちが中国の経済を支えています。
普通の中小企業は銀行からの融資は無理ですが親戚や知り合いから資金を集め事業を起こしています。
自己責任を理解しただけの活動としか思えないような事業が、統計数字からは動きが見えない資金の動きがある造船、鉱山の開発、水力発電所の建設、靴の製造工場の建設、高速道路の運営、引いては外国で商品流通まで貢献しています。
先進国の観点から見ると無謀としか見えない投資ですが、それを皆がやっています。失敗例も沢山ありますが、成功事例のほうがはるかに多いです。
その裕福になりたいという意欲、精神が中国経済発展の根底です。そう簡単には崩れません。
ある日、中国の皆さんが生活を謳歌したい、ブランド品を買い漁って、虚業に走り出した時点で中国のバブルが近づくでしょう。
その状況はまだまだ先のことです。それは人的要素です。
(2)人民元の引き上げは急速にはなりません。市場原理を動かさないのが中国政府の思惑です。
日本のバブルの経験から学んだ結果です。外資の投機マネーを中国に横行させない。それが中国政府の知恵ともいうべきでしょう。自己中心の考え方だと思いますがそうするしかないのです。
株高、不動産バブル、円高の3拍が揃い、日本のバブルをもたらしました。中国はそれを理解し、何としても避けたい気持ちでしょう。それは貨幣要素です。
(3)経済発展は暫く続きます。その結果が経済はある程度のショックを吸収することができます。中国の産業は付加価値が低い。値段が安い。汎用品は多い。それらが特徴とする"Made in China" 商品が世界に席捲すると同時に中国にも大きな市場として存在します。
要するに中国商品に対して市場のニーズが旺盛です。ほかの国がそこまでたどり着くとしてもまだまだ時間が必要です。これから10−15年以内には中国商品が世界の隅々まで浸透するでしょう。
来年国産車が1000万台を突破する事からみれば、この勢いは止められないでしょう。自然の流れか、国の政策かは分りかねますが、今まで国の特徴に合う物づくり政策が成功の事例となっています。ブランド力ない、 付加価値が少ない、安い汎用品、信頼性のある商品を目指せば中国の産業は成功します。ブランドでなければ、ものの質が良ければ、余計な付加価値もなければ大衆に売れるでしょう。
労働力をも沢山使うでしょう。それが世界の生産工場に相応しい。その方針が続く限り、多少バブルが弾けた位は十分に吸収するでしょう。たかが株バブル、多少の不動産バブル、経済の高速発展が続く限り杞憂になります。今は中国商品の信頼性を高めるのが最優先の課題として取り組み、その姿勢をアピールしようとしていますが、まだまだ道のりが険しいです。
食品、医療品、家電商品も世界の人々だけではなく、中国国内も関心が高いです。
それは生活レベルが高くなっている証拠でしょうね。それは経済的要素でもあります。
(4)国の経済はまだ閉鎖的です。投機する外資は僅かしかありません。
その脅威のある投機マネーの不在は中国経済に安定性をもたらしました。少なくても短期資金の撤回によってもたらした経済のハードランデイングはないでしょう。
また、ほかの要素もあるでしょう。例えば、社会的には成熟度合がまだ低いです。各会社は日本の目から見れば成熟していないし、改善する余地が大きく存在しています。その改善によって生産効率も上がるし、売上も伸びるでしょう。
特にサービス分野にはまだまだ初期段階としか言いようがありません。これからと言う感じです。俗に言えば商売のチャンスが沢山散在しています。
それの発展の同時に雇用も増加するし、労働者の所得も増えるでしょう。
社会的なインフラもまだまだ手付かずにあります。経済の後退は暫く考えにくいです。経済バブルはまだまだ先のことです。
『by 楽々ボーイ』
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中国の携帯事情
短信(SMS)はなぜそんなに普及していますか? |
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中国では数年前から携帯族(中国語では手機族といい)という人々が現れて、携帯はその人たちの身の一部となってどこに行っても携帯は欠かせない。 携帯ブランドの良し悪しはその人のステータスでもなっている。 “あの人は大した人物ではない、なぜなら、使っている携帯が安物だから。”と、よくそんな話を聞くようになった。自然に会社の管理職、大学先生、政府の役人が皆挙って新しい携帯を買い、また買い換える。
携帯そのものも目まぐるしく進化を遂げている。若い人たちもそのトレンドを追うようになり、ローンまで組んで良い携帯を買うようになった。身の丈知らず。通信費は馬鹿にならない。下手をすると出稼ぎに出た若者の月給を上回る通信費となる。哀れな親から出る悩みごと相談のテーマの一つだ。キャリアはローミング費用を沢山取る、もし、一歩でも加入地域から出ようものなら、通話料が恐ろしいほど跳ね上がる。日本の携帯の通話料はほんとに安く感じられる。
その問題を解決すべく、キャリヤは餌を出した。短信(SMS)をすごく安く設定している。何か客寄せパンダという感じだ。全国どこに行っても同じキャリヤでは短信1通0.1元(日本円にすると1.5円)、違うキャリヤでは0.15元(日本円にすると2円)。 だからSMSは急速に普及している。若者のみならず、年配の方も親指が異常に発達し始めた。
年賀状の代りに皆さんが出す年賀短信は170億通をこえる。いくら人口13億人と言いっても、170億通というのは1人あたり平均13通前後。年間を通じては、1兆通とも言われる短信の量になった。しかも年間20−30%の速さで増え続けている。それに伴って短信関連の商売も盛んに世に出てきた。私が自分の加入地から離れ、飛行機から降りたとたんに切符の安売り宣伝広告、観光情報、ホテル情報などが、短信と言う形で携帯に飛び込んで来る。意外とその広告を利用してちゃんと安売り切符も手に入った。以来、中国どこへ行っても帰りの安売り切符、ホテルの予約はその短信のお陰で心配することが無くなった。良いことだとまったく感心する。
この比類なき安さと生活に密接に関連する短信(SMS)。だから短信(SMS)はこれから益々発展するであろう。ある統計数字を見ると2010年までに東南アジア全体で短信(SMS)の量が年間6兆通まで行くそうだ。そうなるだろうと、日々「楽々SMS」の普及に励んでいる。
『by 楽々ボーイ』2008年2月13日 |
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| 巨大卸売都市 義烏(イーウー) |
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巨大卸売市場都市 「義烏(イーウー)」。
とにかく凄い。こんなの日本では考えられない。と中国のスケールの大きさを実感できる都市です。
義烏(イーウー)は上海より南西に400キロ程行った所にある都市で、中国最大の卸売市場です。
実は6年前の話になりますが、私が行ったところには、ありとあらゆる小物を売っている地域がありました。
イメージ的には皆さんがご存じの100円ショップをまず思い出してください。次にそれぞれの棚には何万点にも及ぶ小物がずらりありますよね。でそのうちの一つを手にとって下さい。他にも色違いで似たものがあり、迷いますよね。
さて、イーウーにある、巨大なビルにはこの1種類の品物を1店舗が扱い、更にそのテンポが1万店近くも入っています。このビル自体が、日本の100円ショップだと思ってください。
行かないとわからないと思いますが、日本の100円ショップの棚にならんでいる1種類の品物置場が、1つのお店なのです。
私はそのビルを1日で回りましたが、当然品物は全部見ることはできませんでした。でも、ダイソーとロゴつきの袋に入っている小物を見つけ、ちょっとおもしろかったです。
他のビルに行けばさらに違うものも売っていました。おもちゃ、夏のレジャー商品、電気工具など、ないものはないという感じです。あと、縁日やバッタモンを置いているおもちゃ屋さんで売っている様なウルトラセブンやウルトラマンもありました。日本で買うと1000円くらいしそうな物が100円でした。ちょっとセブンは太っていましたが。あと、キャラクターものではなく子供用のプール、夏に水を張って小さな子供たちが庭先で水遊びができるものなんかも500円くらいでしたし、とにかく安かったです。そういえば不思議なことに1個でも販売してくれました。こんな町のツアーなんかあったら面白いと思います・・・・っていまインターネットで調べたら沢山ありました。私が行った時は良く知られていなかったのになぁ。私は仕事で時間に余裕もなく、ざっと見ただけですが、ゆっくり見ればもっと面白いと思います。観光気分でいっても十分だと思います。100円ショップが大好きなおばさんやおもちゃの好きな子供たちは、大喜びするでしょう。お土産も安く山ほど買えるし。
『by 楽々おやじ』2008年2月14日 |
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日本中国文化の溝 ―― その4
ものを大事にする日本 |
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わが社のもうひとつ事業は中古船の仲介、取引である。 売買の折衝中に気がついたことがある。それは、なぜか日本の中古船の人気が非常に高い。 特に日本オーナで、現役の中古船が特にそうです。 検船もせず、そのまま買ったケースもある。 普通に考えられないことです。 しかし、一度、外国人がオーナになり、再販すると値段はだいぶ落ちる。 不思議だ。 ある種の人種差別ではなかろうか。 ただ驚きばかりである。 ある買主が私に聞いた。 なぜ、日本の船はそんなにきれいに使われているだろう。 答えは船を見てすぐにわかった。
確かに、検船しに行ってみて、いたるところ、整然として、奇麗に掃除され、エンジンルームは特に、手入れが至るところまで行き届いている。 なるほど、 整理整頓によって機械の手入れなども怠らない。 それこそ日本。 それが世界に誇れる日本人の勤勉さ、 ものを大事にするスピリット。 ふっと気が付きました。
お隣の中国はどうですか? やはり違いが歴然だ。 ものは大事に使わない。船もそうだが、日常用品までそうだ。 中国に行ったことのある方はわかると思いますが上海を除いて各地のTAXIは相当悪い状況だ。過酷な使い方、奇麗に掃除しないのが印象的だ。 ホテルの中のものもそうだ。 なぜだろう。 歴史から見ればその原因の一つが見えてくると思う。 清王朝を除いて、 前の王朝の宮殿など象徴的なものは残ってない。 破壊して、 作って、また破壊する。 歴史はその繰り返しだ。
1949年中華人民共和国ができて、 すぐさま北京の城壁、 門を壊した。 今になって残念としか思えない。 唯一、 前の王朝の宮殿を保護し、自分の宮殿として使っていたのが清王朝だ。 ただ、ご存じの通り、清王朝は中国の少数民族です。 漢民族は多分、そうはしないだろう。 それが民族性かな? 今でもその悲劇が続いている。 新しい建物が林立、 それは無差別(ほぼ)な破壊をしてから作ったものだ。 それは誰もが普通だと思っているかもしれない。
さて、商売上でその習慣がどう反映しているかを考えてみることにする。 高いものを買って、 年間の維持費は払いたくないのが普通。 システムを導入しても年間の維持費は請求されたくない。 我々は商売で、高速道路の監視システムを設置した。 何億円もするものだ。 相手が維持費を支払いたくないから、 3年後には当然いろいろな問題が出てくる。 それでも騙し、騙し使っている。 5年後には全部交換するしかない。 その結果が分かっていても維持費の予算はない。曰く、5年後には新しいものに取り換えよう。その商習慣を理解したら日本の企業は役に立つだろう。
By 楽々ボーイ 2008年2月21日 |
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| 中国ホワイトデー(白色情人節) |
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中国にはホワイトデーがないそうだ。それは当然と言えば当然かもしれない。バレンタインデーに男性が好きな女性に薔薇の花束を贈るから、日本のように男性からお返しという概念がない。国により文化は違うと思うが、やっぱりバレンタインデーに女性からチョコレートをプレゼントされるのは楽しみだったし、それにお返しをするのも楽しいものだった。もちろん、1つももらえなかった年はさびしい思いをして、なぜがその日だけはいくらチョコレートが食べたくてもコンビニにも行きづらかった記憶がある。今は娘からもらっているチョコレートがとてもうれしい。
by 「楽々おやじ」 2008/02/21 |
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日本、中国の文化の溝 ―― その5
賄賂の光と影
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この平和の世の中、賄賂は悪いものに決めつけられている。 モラルのない出来事だと、反社会的なものとして扱っている。特に最近、新聞にもニュースにも贈賄、収賄の事件も多い。300万の贈収賄事件、ゴルフ接待で防衛省の守屋事件のように日常茶飯事の事ではない、稀なケースにも大騒ぎしているようです。公務員の倫理などに深い議論も繰り返され、近年では途切なく綿々と続いています。お隣の中国はどうか? 悪いと言う人ももちろん大勢いる。賄賂がないと社会の発展もないと評するひとも大勢いる。多分、守屋事件みたいな300万円は賄賂には当たらないでしょう。せいぜい贈答に片づけられるでしょう。賄賂は悪――それは社会の常識、ここで云々いう必要もないでしょう。賄賂の光の面は誤解のないように少し説明が必要だろう。
民間会社の人々の間では金銭、接待などは多分賄賂には当たらないでしょう。では、賄賂は主に民間企業、個人と政府関係の役人あるいは役人準ずる方々との間に発生した金品の授受、接待などでその見返りに便宜を図ってもらうという構図だ。どういう程度が賄賂であるかは定かではないがコーヒー一杯では賄賂にならないだろう。その判断は司法に委ねるしかない。その意味で人情と賄賂の境も司法で定義してもらうしかない。
中国では近年,目ざましい経済発展を遂げている。25年前、中国では経済も停滞し、国富もないし、当然ながら個人は貧しかった。自分は1983年、国から離れ、フランスに留学の旅に立った。国から離れる前に。750元を貰って洋服など必需品を買って支度した。この750元は今のレートで言えば一万円そこそこだが、当時で言えば大学助手の10月の給料分だった。見たことのない大金だ。背広を作って辞書、生活用品を備えてスーツケース一個を持ってパリに乗り込んだ。楽しかった。今の中国の学生には説明もつかないだろう。しかし、当時の中国には賄賂もなかった。当時の中国は経済的には貧しいが、奇麗だった。皆がほぼ平等だった。給料の差もなく、年功行列だった。たったの10年を立たずに賄賂は横行し、どこに行っても、どの新聞を読んでも毎日のように贈収賄の記事が載っている。だが、経済は離陸し、稀に見る経済成長が中国を大国の位置に戻した。それはまず、市場経済の経済政策が実行され、皆さんが悪平等から脱出し、自ら創業し富を手にした。政策だけでそれを実現したか?それは言い切れないところがあった。今でも役人が国の資源を手に握り、認可、同意がなければ事業は難しい。工場を建設しようと土地の買い取りには、役人の役割は大きい。国家の管理の下で経済活動が行われている。理論的に法律に定められたことも役人の解釈によって実行方法が違う。説明しても無駄。役人にとっては何にしろやるよりやらないほうが無難だ。問題もでないし手間暇も省けるし。 なぜやらなければいけないの?中国には典型的な風景がある。9時に役所に行って新聞とお茶一杯で一日を過ごし、5時半で帰宅する。皆さんの事務室も分断され、大きくて、何事を聞かれてもどこどこに行け、あそこで聞いてください、としか言わない。やって成功しても給料がそのままだ。仕事をするメリットはどこにあるのか?どこにも見当たらない。 役人を動かす方法はどこにあるのか?接待、金品の贈与以外はない。感情があるからこそ人間となり、そのような自然の流れを作った。だから、日本のコメも売れている。中国のコメの50倍の値段でだ。自然にそうなったか?けっしてあり得ない。それは贈答品しかない。友達、親戚に贈答するか?それもない。それはどこのだれかが買わずに貰う。安い給料で世界一高いコメでご飯を炊く。だから中国では3−5元の煙草もありそれは庶民用、御用のは120元(日本円に1800円)の煙草もある。高級タバコに対しては“買う人は吸わない、吸う人は買わない(貰う)”。
接待、収賄によって役人を動かし、経済活動を活発にしている。役人が今は事業をやりたくて、やりたくて仕方がない。道路も作り、経済区も林立、地方も挙って町おこしをしている。何かをやらないと潤ない。彼ら自身もそうだが、その結果は地方経済がどこに行っても繁栄しているのがそのもの。全部ではないが賄賂のお陰でもある。灰色の金の流れによって、出稼ぎする農村の人々は職場があった。貧富の差は大きいが餓え死もない。皆が頑張れば成功する可能性がある。中国は経済大国になりつつある。日本の基準で嵌めてみると牢屋に入る人は多すぎるだろう。中国人はそう言ってい
る。池の水が奇麗すぎると魚は育たない。それで賄賂の功績を表現する。何事も影と光があり。理屈で分析すれば個人一人取った賄賂はいくらか?地域の繁栄をもたらす功績と比べてみては如何か。
By 楽々ボーイ 2008年3月4日
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中国の主の祭り
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歴史の長い中国、当然なように祝日も多い。 政治関連、民間伝説、有名人、生活に密接するそれぞれの祝日、 祭日がある。 祝い方法も違う。 簡単に分類すると以下のようになる。
政治関連:
3月8日: 国際婦人の日、女性の方には祝日。
5月1日: 労働節。 皆の祝日。
6月1日: 国際児童節。子供の祝日。
7月1日: 中国共産党設立記念日。
8月1日: 人民解放軍設立記念日。
10月1日:建国記念日
民間伝説関連:
旧暦7月7日: 情人節。中国のバレンタイン。
有名人関連:
旧暦5月5日: 端午節。屈原(中国古代詩人)忌日。
生活関連:
1月1日: 元旦:
旧暦1月1日:春節。 一年の始まり。春の到来が由来。
旧暦1月15日: 元宵節。 1月は元月、15日の夜に行う祭りからの由来。
4月4日: 清明節。墓参りの節。
旧暦8月15日: 中秋節。 別名月夕節。 日本の中秋の名月と同じ。
旧暦9月9日: 重陽節。 中華文化に9は陽、2つの9は重陽という由来。
今まで毎年のゴールデンウィークを2回設定され、 5月1日、10月1日。 大抵政治関連する休日となっている。 今年から大型連休は1回に設定して、 中国の伝統的祭日にも連休を取れるようになる予定だ。 少しは伝統を重んじるようになる。 政治関連の祭日は主に各政府がイベントを行い、祝い事にしているが伝統的な祭日は春節のみ民間、 政府も参加する祭りになっている。 他には色々祭日、 祝日があります。 バレンタイン、 クリスマス、 愚人節(4月1日)、 ホワイトデーなどは若者で祝日となる。
By 楽々ボーイ、2008年3月11日。
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最近のチベット問題
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チベットに紛争が始まった。世間はまた騒いた。映像を見る限り僧侶たちも参加している。 問題が起きた。解決手法の云々はここでの議論ではない。誰が良い悪いも議論するつもりもない。評する資格もないだろう。ただ、なぜ中国で民族紛争があるかを探ってみたい。
この紛争は偶然か否かを分析してみる。
日本のマスコミは色々と言っている。何か漢民族を優遇して、民族差別されているチベット民族が蜂起しているとか。それは中国事情を理解していない。中国は多民族(56民族があり)国家である。歴史から漢民族と少数民族の間にいろいろとあった。漢民族は一つの大民族である。世界最大である。だが、少数民族の総人口も1億を超え中国総人口の9%強に当たる。漢民族は自分の歴史、風習、文化あらゆるものに不自由はなかった。自尊自大な民族である。その同時に同じ漢民族と言っても地方によって文化、風習、歴史も違う。 同じ漢文を書くにしても言葉が通じない。その事情で漢民族の人々には民族差別の意識が全くないと言ってもいいくらいだ。結婚する相手の条件には民族条件はない。世界に稀に見るケースだと思う。違う民族間で結婚して、子も産む。子孫代々にそのまま無意識で結果的に自分はどの民族に属するの?自問自答の末、漢民族にしよう。今にして漢民族のなかでほんとに100%漢民族の人は何人くらいいるのか?永遠に答えのない問いかけだ。 それは中国の同化と言うのだろう。各少数民族はその同化を恐れて必死に自分の文化を守ろうとしている。結果的に山岳地域、交通の不便な所に移り住むようになった。集落を作り、子孫の繁栄に臨んでいる。ただそうではない少数民族もある。清朝(1636−1911)の満族は典型的な例だ。元朝(1271−1368)はモンゴル民族が中国で作った朝廷だが、モンゴル民族が漢民族より優れた民族であると自慢して、自分の文化、習慣を漢民族に強制した。それによって元朝は98年しか続かなかった。短命であった。しかし満族は違っていた。モンゴル民族の失敗から学んだのだ。朝廷が“満漢一家”を唄い続けた。漢文を自分の子孫に学ばせた。漢民族の文化を身に付け、料理まで満漢大宴を作った。仏教も自分の宗教とし、大繁盛の世間―“盛世”を作り上げた。それは満族の皇帝たちが漢民族はあまりにも大きすぎて、文化のみならずいろいろな面で無視できないと見ていたに違いない。清王朝は300年近く続いた。今でも北京では沢山満族の人々が暮らしている。その人々は自分が満族人ということを多分戸籍謄本をみた時に気が付くだろう。歴史の研究家たちは良く言った。漢民族は大きな“染色池”であり、何を入れても結果的に同じ色の物に染められ、すなわち同化されると。それは政治主導でもない、ごく自然なプロセスである。
中国には50あまりの少数民族が点在している。自分の宗教をもつ、かつ人口の相対的に多い民族は5くらいある。壮族、チベット民族、新疆ウイグル民族、モンゴル族、イスラム(回族)。 中に自分の文字を持っているのが壮族、チベット民族、新疆ウイグル民族、モンゴル族である。ただ、壮族の文字は広く使われていない。宗教、文化の違いによって独立したい民族も存在するだろう。特にチベット民族には自分の宗教リーダーもいる。文化はさることながら生活習慣も漢民族と大いに違う。近年、経済の発展と共に生活水準も大きくレベルアップしているが漢民族の商人なども多く流入しているはず。漢民族の人口比率はチベット地方に相当上がったはず。同化された恐れがどこかにあるだろうか。それを嫌った人々は大いに不満を抱き、今の事件に至るところであろう。漢民族優遇政策は中国では存在しない。だって、一番大事な政策の一つは漢民族では一人子政策が20年以上も続けられた。少数民族にはその政策はない。それだけを理解すれば漢民族の優遇はどこにもない。さらに漢民族優遇政策によって今の結果をもたらしたとは奇想天外である。民族の間の摩擦はどの国にも存在するだろう。ただ、解決方法には工夫する必要がありそうだ。 アメリカのIndian Reservationは一つの模範例に当たるかもしれない。
By 楽々ボーイ、2008年3月17日。 |
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四川の大地震
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今月の12日、中国四川省に大地震が発生した。多くの人々が犠牲になった。TVを見て悲惨な画面が映しだされていた。総理が瓦礫の下の残存した人にお話をかけ、自ら救出活動の指揮を取った。 国全体が動き出した。20世紀70年代の唐山大地震の時とは今回は大きく違っている。 私はこの事件に2つ点で自分の感想を書きたくなった。
ウェブ上での書き込み:
地震が発生以来、中国各地で支援、募金活動が盛り上がり、世界中から支援の手をさし伸べてくれています。 ネット上では世界各国の書き込みも多い。 中国のネット上でも各国の反応について書き込みが掲載された。 その中、日本の書き込みの抜粋があった。 地震大国日本の皆さんの経験談などは大変注目されるに違いない。 その一方で皆さんが地震で亡くなった人々に哀悼の意も書き込み、国民の政治的な感情は置いておき、やはり救済活動に心配する様子が自然に現れていた。 読者から大変な反響を引き起こした。 中国人はこころが打たれたのか日本に感謝、感謝のコメントが一杯でした。やはり、政治が違っても人間の心お互い通じていました。
飛行機事件:
家内が南京に出張中、 帰り便は15日の朝、南京から成田、中国国際航空の航空便であったはずにも関わらず南京の空港に行ったら航空便がキャンセルになった。 航空会社かわから何の説明もなく、 ただ上の命令だとしか説明がなかった。 飛行機が地震支援用に転用されたそうだ。 皆さんは慌てて、 ではどうしますかと航空会社に尋ねると“知らない”とだけ返事が帰って来た。 更に問い詰めると、「皆さんの切符は返金します」かあるいは「次の便を利用しなさい。」と言われたそうだ。 ただ次の便というのも何日も後なので仕事のある人はそうはいかない。 何時間もの交渉の末、 上海で別の便に乗せることで決着。 バスで3時間をかけて上海まで移動させられ、12時に成田に到着するはずだったのに成田に着いたのは午後の9時だった。 本人はもちろん出迎えの人も9時間以上成田に待たせられた。 こんな酷い航空会社がこの時代にまだ存在するのは不思議だ!
By 楽々ボーイ、2008年5月16日。
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